Staying Ambitious 創業者の“志” を受け継いで、 未来に向けて挑戦を続けていく 創業から75年を経て、日本生まれのオニツカタイガーはグローバルな人気を誇るファッションブランドへと進化した。 躍進を支えるリーダーのチャレンジ精神とビジョンをひも解く。 「志があれば、決して老いることはない」 1949年にスポーツシューズブランドとして誕生したオニツカタイガーは、ここ10年の間に急成長を遂げた。創業当初からの象徴的な特徴を現代風にアレンジしたヘリテージスタイルのレッドライン、モードスタイルのイエローライン、フォーマルなジ・オニツカライン、フェミニンなスタイルのオータイガーなど、異なる特徴を持つ複数のラインを次々に展開し、グローバルなブランドへと進化した。 この時代を超えた躍進の背景には、ひとりのキーパーソンがいる。2002年のオニツカタイガー復活以降、ヨーロッパを中心にファッション感度の高いファン層を獲得していたブランドをさらに飛躍させるため、外資系ブランドを経て2011年に入社し、現在オニツカタイガーのカンパニー長を務める庄田良二である。 「以前は、シューズやバッグを手がけていたブランドがファッションをはじめるとなると、Tシャツやスウェットシャツといった、既にかたちの決まったアイテムだけを展開して、単発で終了してしまうパターンがほとんどでした。しかし我々が目指したのは、本当の意味でファッションブランドになるということでした。また当時のオニツカタイガーは、あくまでアシックスのサブブランドという存在だったので、そのふたつをしっかり棲み分けることで、独自の路線を進んでいけるようにしました」 その施策として庄田が注力したのが、オニツカタイガーストライプに頼らないブランディングと、世界にフラッグシップストアのネットワークを広げていく直営店ビジネスだ。 「世間に求められているものをつくり続けることも大事ですが、常に新しいものをつくり出していくことができないと、人々の好みや時代の変化に対応できません。そしてブランドが新しく変わっていく姿は、自分たちで直接お客さまに伝えていく必要があります。その点も踏まえ、まずはブランドのシンボルとなる直営店が必要だと考えました」 庄田の改革案は社内でもさまざまな反響を呼び、中には後ろ向きの意見もあったという。不朽のアイコンとしてブランドのヘリテージを象徴するタイガーストライプは世界的な認知と支持を獲得しており、タイガーストライプのないアイテムが売れるという確証はどこにもなかった。さらに創業以来ホールセールで実績を積み上げてきたアシックスにとって、フラッグシップストアでの販売をメインとするブランドビジネスは、まったく未知の領域だったからだ。 「これまでの成功モデルをなぞるだけでは、新しいものは決して生まれません。むしろ私は、新しい動きに対してハレーションが起きることにこそ、大きな可能性を感じました。なぜなら、みんなが賛成するものは、既に世の中に存在するもの。みんなが反対するということは、それがこれまでにない新しいアイデアだからです。オニツカタイガーでは、“Discover the Difference(違いを見つけろ)”という言葉をブランドのスローガンとして掲げ、それこそが進化を続けるために欠かせない姿勢だと考えています。」 庄田はある時、創業者の鬼塚喜八郎が書き記した一枚の色紙を受け継いだ。“志あれば不老”。それが、この色紙に書かれていた言葉だ。常に若々しくいるためには、未来に対するビジョンをもって、新しいことにチャレンジし続けていくことが重要。志高い鬼塚の経営哲学は、いまも老いることはない。 「オニツカタイガーは誕生から75年が経ちました。最初の25年はスポーツの歴史。次の25年は休眠の歴史。50周年で復活を果たしてから今日に至るまでの25年は、再び世界にチャレンジした発展の歴史だったと言えます。そしてこの後に続く、100周年を迎えるまでの25年は、私たちの次の世代が歴史をつくる番です。そのチャレンジをサポートしていくことが、これからの私の仕事だと思っています」 Ryoji Shoda 庄田良二 オニツカタイガーグローバルカンパニー長 兵庫県生まれ。外資系ファッションブランドを経て、2011年にアシックス入社。オニツカタイガーの事業責任者として、ブランディング、出店計画、マーケティングなどの抜本的な改革を行う。現在は株式会社アシックス副社長も務める。新商品・新ラインや新規店舗立ち上げの際には、自らディレクションを担当。